「怖いことに備える」
ではなく
「大事なものを守こと」
防災に関わることで、暮らしやすくなるのです。
私が防災活動に興味を持ったのは、2014年。次男が生まれた時からです。
それまで防災は大切と思いながらも、急ぎ備える必要もないかと先延ばしにしてきました。
当時、気軽に参加した育児サークル内で
「もし今、地震が来たらどうする?自力で子どもたち守れる?」という問いかけがなされました。
昼間、2歳と0歳の子と私の3人で過ごしているので、万一の際には動きが取れなくなること、
深いお願い事をできる間柄の知り合いがいないこと、
一気に「これは困るぞ」と現実を見た気がしました。
さっそく、当時住んでいたマンションの管理組合に相談したところ、
自治会はマンション内にはないので、近隣の自治会の中で自分の入りたいところに入れば良い。
マンションとしては動かないので個人で、との助言をもらいました。
そこで、近隣自治会2ヶ所の防災倉庫や組織について見せてもらいに行きました。
しかし、それは元々お住まいの方が自分たちのために備えられたもの。
急に入ったからといって、マンションの仕様になる訳ではありません。
自分で組織を立ち上げるか、と悩んだ時期もありましたが、そこに注げる力がありませんでした。
ふと周りを見渡せば、同じような背景を持つ人が多いように思いました。
当時、南草津駅前にはマンションが立ち並び、その中でも自治体未加入の方は3000人近くいました。
困った時に、「助けて」と言いあえる人。同じ時間に同じエリアで過ごしている人と繋がりたい。
そこからでも、私の求める安心はスタートできる。
そう思い、1人ずつ声をかけていくところからスタートしました。
「防災」の中には、公助、共助、自助が含まれます。
普段よく出会う「防災」は、避難訓練や地域防災などの公助であることが多く、
「防災=公助」と認識されがちです。
しかしそれでは、個人単位での正解が見えにくくモチベーションが保てない部分があります。
誰のために、何のために防災をするの?
「自分の大切なもの」が,ずっとこの先もあり続けるように守る行動は、全て防災といえるのではないでしょうか?
熊本地震も能登地震も、直接死より災害関連死の方が上回っています。
当日、生き残ることと長らく生き延びることには、別の問題がはらんでいるのではないでしょうか。
物品で備える、スキルを身につける。それに加えて、自分自身の得意不得意を発信すること、相互理解をしておくなど、人との関係性も余裕のあるうちに備えるものだと考えています。
南草津マンション防災委員会は、「あなたの大切なものはなんですか?」と問いかけるところから、
「助けて」と発信する練習を日々続けています。
well-beingでなくwell-doing。ずっとあり続ける安心感を大切に。